ことばを吐く

摂食障害の知識と心の言語化を届けたい

「メンタル不調は他人事」で回る世の中へ

 

これほど「心の問題」「精神疾患」などが取り上げ続けられるご時世。なのにわたしたちの生きる世界は今日もメンタル不調は他人事の前提でまわり続けている。

 

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採用面接で「うつ経験があります」と言うと落選。

「あいつメンタルやっちゃったらしいよ」と飲み会のネタ。

友人は「そんな風に見えなかったのに」と話をそらす。

 

 

今や15人に1人はうつ病になる時代。

日本の年間の自殺者は2万人。

毎日がゆううつと答える青年は8割弱。痩せたい女性は9割。

 

誰もが自分に自分以上の期待を背負わなきゃそこにいられない。もうこの生きづらさを自分に関係のない物語として扱うのには限界を超えている。

 

 

「そうは言っても自分の周りはみんな元気だし」

 

いつも笑ってるあの子も、強そうに見えるあの子も、「わたしメンヘラ」と自虐するあの子も。今この瞬間に全員が苦しんでいるとは言わない、だけど可能性を考えたことがあるのか。

 

人は心に元気がなくなるときもあると知っていれば、きっとそんな言葉は出ない。「自分の周りにはいない」というのはまだまだメンタル不調が他人事である証拠だ。

 

その無知さと想像力の欠如が、誰かの心を黙らせ今日もその誰かを一人で苦しめている。

 

そうそう、ある時誰かが「めんどくせぇな」なんて肩をすくめていたんだ。何かを発言するたびに誰かを気にしなきゃいけない責任にうんざりしていた。

でもそれほどに他人との境界線を持たない人や、適切な距離を壊す仕組みを持つのが現代なんだろう。

 

今まで友人とごはんを食べながらしていたおしゃべりが、簡単に他人へ届けられる時代になってしまった。他人との距離を測りづらく容易に繋がってしまうその仕組みは、時に誰かに苦しめられ、誰かを苦しめる。

 

突然街中で「こんにちは!これをすると3日で人生が変わりますよ✨」って言われても知らない人がなんか言ってんな〜と流せるのに、どうもSNSではそうはいかない。

逆にすれ違った人に「よ!君の意見おかしいと思うよ!」なんて言う人はそうそう現れないのに、SNS上で容易にそんなことが起きる。

 

自分も相手も距離感がうまく取れないものがSNSであるのだということを忘れたくない。すれ違う人の声が聞こえすぎたり、自分の常識を勝手に他人に当て込んで、勝手に期待して勝手に失望して言葉を吐くのはとても悲しい。

 

情報にまみれ、情報に消費され、情報に振り回され、今日も疲れ切った心でブルーライトに癒しを求める誰かへ。

 

人には心があるということ、そしてその心は時に調子が悪くなる時もあると知っていたら、もう少し優しくなれませんか。

 

竹口和香