ことばを吐く

わたしが歩いた道と、見ている世界

元当事者として摂食障害の周囲いる方へ

 

最近ヒューマンライブラリーのお誘いを受けることがちょくちょく。摂食障害のことを話す機会、ありがたいことなぁ。

 

ヒューマンライブラリー(human library)は、障害者社会的マイノリティを抱える人に対する偏見を減らし、相互理解を深めることを目的とした試み。「ヒューマンライブラリー」は、『人を本に見立てて読者に貸し出す図書館』という意味で、『読者(参加者)』と『本(障害者やマイノリティを持つ人)』とが一対一で対話をする。「リビングライブラリー」とも呼ばれる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒューマンライブラリー

 

 

イベント内で多かった「支援者はどういうサポートをしたらいい?」という質問について書いてみる。

 

「答えは知らないです」が回答になる。毎回こう答えてしまう。

 

結局は、摂食障害を見るんじゃなくてわたしという人間を見てほしいということに限るよなぁなんて。

 

これはきっと摂食障害に限らず、うつ病だって発達障害だってガンだって白血病だって喘息だって骨折だって風邪だってなんだってそう。摂食障害を支援するんじゃなくこっちを見てほしい。

 

食べない食べ過ぎる、痩せていく太っていく、と目に見えるものはやっぱり症状。

だから見えちゃう。気になっちゃうのだ。だから、どうしたら助けてあげられるか、どうしたら傷をえぐらないか、そういったことばっかり考えてしまう。

 

他人が手を出して変われるくらいなら、今ごろ本人は変わっている。だから変えようとしないでほしい。変われないことにまた怖くなるから。

 

きっとあなたが一緒にいるのは「摂食障害の人」ではなく変わりのいない「大切な人」。だから、あなたの役目は目の前の大切な人としてそばにいてほしい。

 

もちろん命に関わる危ない状況になった際に症状への直接的なアプローチが必要な時もあるけど、それは目の前のその人自身を見られるようになってからのこと。そして医療従事者にお願いをするところ。

 

症状ではなく目の前の人の心がどうなっているのか、摂食障害という形で何を叫ぼうとしているのか、時間をかけて声になっていない声を聞いてあげること。そのほどき方は、あなたの「大切な人」と話を続けること。摂食障害じゃなく、その人と話すこと。

 

そして、どんな症状でも態度を変えないこと。

これすごく難しいことなのだけど、あなたの大切な人は見ています。

 

誰よりも他人の表情や態度に敏感な人だから、

誰よりも症状を把握して苦しんでいる当事者なのだから、

こんな病気になってごめんなさいと叫んでいる人なのだから、

 

症状を否定しないで。病気を否定しないで。こうなってしまったことを責めないで。

 

救ってあげるなんてことは思わないで。

今の自分を否定された気持ちになるから。

 

結局変われるのは当事者自身で、その意思決定をするのも当事者で。意思決定ができる状態、意思決定を増やせる環境、わたしが物事を決めてもいいんだという気づきがなければこの病の回復はない。

 

そして不必要に存在している病でないから、「治してあげなきゃ」と思わないでほしい。本人にとって、摂食障害で誤魔化せないほどの別の苦しみがあって、だからこそ治したいと治したくないの中で葛藤しながら苦しい摂食障害の中で生きているのだ。

 

そういう病なのだ。

 

わたしもブログを書きながら、人の話を聞きながら、発信しながら「助けたい。。この人に何ができるだろう。」と思うけど、その度に自分が支援者として無力だということを思い出す。

 

というか、無力であっていいと思うのです。

あたたかい無力でいてほしい。

 

摂食障害のことを知ってくれて、それを病気だとわかってくれて、それでもそばにいてくれるだけで、当事者は大きく救われるのだ。

 

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イベントで会いに来てくれたあやかちゃん❤️

 

竹口和香