「次」は決めてないけど会社を辞めた。

 

f:id:waka0105s:20210206163314p:plain


先日、勤めていた会社を引退しました。

 

Twitterで本業の話をしてないので「わかさん、働いてたの?!」という方もいるかもしれないと想像の上、ちょっと前置きするね。

 

わたしはこの数年間、ゼネラルパートナーズ(以下GP)というソーシャルベンチャーで精神障害者のキャリアアドバイザーとして働いていました。年間200名ほどのうつ病や双極性障害(躁鬱病)、発達障害や統合失調症などをお持ちの方とお話しをする日々。

 

すきな仕事だったなぁ。というか今でもすきだと思う。

 

珍しいね!とか大変そうね!とか言われることが多かったけど、純粋にわたしはこの仕事の領域がすきだった。

 

今回はせっかくなので、 ①日本中に広報したいGPのメンタルヘルス文化 ②きらいじゃない会社を辞めるワケ ③次を決めない今後にしたわたしの人生観のお話しをしたいと思います。

 

現状にもやもやを抱えている方、ちょっと他の世界を覗いてみたい方、GPやわたしに興味がある方は読んでくれると嬉しいです。

 

※わたしの主観で会社のことを語ります。事実と異なる場合があるかもしれません。

 

 

あれ?異国に足を踏み入れた?

 

入社前からその異国の雰囲気は面接室に広がっていた。早めに仕事を切り上げて向かったオファー面談(内定通知をされる面談)、5分だけ顔を出してくれた社長とのやりとりが印象的だった。

 

「竹口さんは何か経験があったの?」

 

精神疾患を持った経験があるか、という趣旨の質問だと読み取った。

 

数回の面接で頑なに「精神障害の方のアドバイザーがやりたいです。それ以外だったら辞退します。」と強気に出るわたしの言動にひっかかるものがあったのかもしれない。その頃は今みたいに摂食障害を公言していなかった。

 

「あ、摂食障害を5年ほど、、」

「そっか!一緒に頑張ろうね!」

 

人事の方が「まだ内定承諾いただいた訳じゃないですよ!」と焦る隣で、面接内でタブーとされる精神疾患の話がものの数秒で終わった。そして社長は笑顔のままだ。

 

GPの前のキャリアが大手総合人材会社であった分、面接での既往歴の取り扱いには人一倍気をつけていた。既往歴の話を正直にしたら選考落ち、なんて実態をざらに目にしてきた人間だ。だからこそ、衝撃的だった。ここは異国なのか?

 

そして入社後にその異国感はさらに強まる。

 

「摂食障害を開示しているわたしが特別じゃない」という世界が待っていたのだ。のちのち知ったのだけど、GPは障害者雇用率が20%超え、わたしのように一般枠で入社して既往歴がある人間を含めると、身体や精神に何かしらの病を抱える社員の数字はさらに跳ね上がるだろう。

 

摂食障害の経験というマイノリティがひとつのアイデンティティとなっていたわたしは、空虚感と安心感が入り混じった不思議な感覚になった。ここにはマイノリティという言葉が存在しないのだ。誰もが一人の人間として等しく存在する世界だった。

 

異国感はまだまだ続く。研修の一貫で上司のキャリア面談に同席した日のことだ。

面談が終わって「体調悪そうだったね〜、大丈夫かな」と話す上司にわたしは「・・・風邪っぽかったですっけ?」と返していた。

 

「いや、メンタルのほうね」

・・・・ほう。この会社では体調というとメンタルのことを指すのか。

 

どれだけ気分が落ちこんでいても、苦しくて涙がとまらなくても、会社に行くのは当たり前。休んでいいのは身体症状が出たときだけ。そういう世界線で生きてきた。

「元気?」には"身体的に"という言葉が前提に存在することを、常識として疑ってこなかったわたしは驚きを隠せなかった。

 

書き続けるときりがないのだけど、こうした「所謂わたしが生きてきた世間」とは異なる会社の文化に身を置けたことを本当に光栄に思う。

 

この文化に慣れていく過程で、徐々にわたしを守っていたアイデンティティも薄れていった。

 

「体調が悪い」と話すと、メンタルを含めた体調の心配をしあえる。

同僚間では「大丈夫?」より「無事?」「生きてる?」という声がけをすることが多かった。大丈夫?と聞かれたら大丈夫と答えるしかないと想像できるからだ。

 

日本中がこのリテラシーのもと回ってほしいとさえ願ってしまう心理教育の行き届いた環境だったと思う。

 

今のわたしの価値観や活動にも少なからず、いや大きく影響を与えてくれた会社だった。

 

 

それでもわたしがGPを引退する理由

 

そんな今の日本では有り得ないような文化に囲まれて、仕事が嫌いになった訳でもないわたしがなぜGPから退いたのか。

 

よく卒業という言葉を聞くけど、わたしにはしっくりこなかったので引退という言葉を使ってみることにする。

 

引退した理由を一言でまとめると、自分に合う形でGPと関わりたいと思ったから。

 

裏を返せば、自分と会社の関わりが双方に望ましい形だと、自信を持って言える状態でなくなった。もう少し掘った話をすると、作業レベルで見た仕事や現状の組織というものに自分の特性がついていかないと判断した。

 

時を遡って数ヶ月前、トリガーになったのはとある事故だったのだけど、わたしはそれを機に人生で初めての休職を経験をした。(自分の中で壮絶すぎて詳細を書くと長くなりそうなので機会があれば別途...)

 

精神科を転々として、今の病院で処方された薬でようやく体調が好転した。それがADHD(注意欠陥多動性障害)と双極性障害の薬だった。薬が合ったというだけで診断名は今後も変わるかもしれない、ただ現状はそんな憶測のもと経過観察が続いている。

 

療養の中で天井を見ながら思い出した。

仕事の領域はすきでも、作業レベルに細分化したときに仕事が嫌いになるほど苦手な作業がずっと苦しかったこと。それを「わたしはこの仕事がすきなんだから!」と自分にムチを打っていたこと。自分の特性(不注意優勢ADHD)によって人に迷惑をかけることに何回も謝って、それでもミスを繰り返す自分の価値が下がっていくように感じたこと。

 

怒られたことは一度もなかった。でも、毎日自分で自分を責めていた。

 

そしてベンチャー企業の第二創業期。このフェーズの会社だとどこも近しい状態だろうけど、答えがない世界で毎日が暗中模索なのである。わたしは仕事へのストレスを抱えた狭い視野の中、この暗中模索の組織の状態に楽しさより不安が勝る気質の持ち主だ。

 

わたしの未来を否定されたことは一度もなかった。でも、毎日自分で自分の未来を不安がっていた。

 

そんなこんなで会社や仕事との関わりを見直したところ、正社員としては退職をしようという決断に行き着いた。

 

何度も繰り返すけど、会社の文化や事業領域はだいすきだったので、厚かましくも今後も違う形で関わりを持ちたいとお話しさせてもらった。もちろん退職理由も前述したことはすべて人事と上司に伝えてある。(むしろ上記が最低限というほどに伝えた)

 

わたしが得意なこと、やりたいこと、そして望む組織との距離について言葉にした。手汗も涙も止まんなくて、なぜか電話越しに正座までしてたけど、会社にも自分にも正直になれたからこんな厚かましいお願いができたのかもしれない。

 

またいつか、”その時”がきたら、ちがう形でGPに貢献できたらいいなぁなんて不確定な可能性を願っている。

 

 

次はどうするの?への回答

 

こんにちはに対して、こんにちはが返ってくるように「会社を辞めた」と言うと必ず「次はどうすんの?」と聞かれる。これは何かの儀式だろうか。

 

そんなに生き急がなくても、、というのが今のわたしの気分だ。心も体もそう言っていると思う。別に生きること=働くことではない。働くは生きるための手段のひとつだ

 

自分が最低限どれほどのお金があったら生活が回るのか、その生活が今の貯金でどれほどの期間続けられるのか。そしてその中で小さくてもいいから自分のやりたいことを続けていたら気づいたら歩いてたりするんじゃないの?なんて甘ったれていると言われるのかな。

 

地球は丸いので、逃げた先には必ず誰かがいると思っている。自分の本心でそこに赴いたのであれば、仲間になり得る人がそこにいたりするんじゃないかな。

 

そして気づけばそこは逃げた先ではなく、居場所になっていて日常が進んでたりしないのかな。

 

なにも辞める前から、辞めた直後から、次の居場所がなくていいと思う。今ここから退く理由がキラキラ前向きなもんじゃなくてもいいと思う。みなさんにテンプレのような無機質な感謝の言葉を並べる【退職のご挨拶】なんてもう見飽きたでしょ。

 

「次はわからないけど、ここじゃないことは確か」「とにかく自分の心身を守る」というのも立派な辞める理由だし、次への行動なんじゃないかな、と思う。

 

大切そうに守っているその「生活の質」は、自分の心身を壊してまで守る質なのか。自分がほんとうに守りたいものってなんだろね。

 

きっと人生の選択に優劣なんてない。もし存在するのなら、それは自分が自分にそう声をかけているだけの話だ。

 

なんだかそんなことを考えたりしている。そしてそこに答えがなくてもいいとも思う。

 

そんなこんなで格好良く言えばフリーになったんだけど、まだニートのほうが表現的にプレッシャーがなくて良い。まぁどっちでもいいんだけど。

 

今はこうして文章を書いたり個別相談(おふたりトーク)をしたりイベント企画や取材を受けるだとか、やりたいことを心身が許す範囲でやっている。

 

あ、新しいこととしては、コワーキングスペースのスタッフを始めたことかな。これも最初は逃げた先にたまたまあった場所なんだけど、気づいたら居場所になっていた。

 

そんな感じでのほほんと過ごしているので、おもしろい話があったら是非声をかけてください。おもしろいか分かんなくても一旦「やっほー」とか言ってもらえたら喜びます。

 

事象を分析して文章にまとめることが得意なことと、一般枠/障害者雇用枠のエージェント経験があることと、メンタルヘルスの領域は喉から手が出るほどすきです。

細かい事務作業と数字は驚くほどできません。よろしくお願いします。

 

なんか最後は自分の売り込みみたいになってしまったのだけど、こんな感じでグレーなまま生きてる人がいるんだ〜って少し肩の荷が下りる人がいたらいいなぁと思って書いてみました。

 

人生一度キリだぜ!!みたいな勢いは持ってないけど、今この瞬間を生きるわたしが息がしやすい方向にぼちぼち歩いていきたいなぁと思います。

 

最後になりましたが。

GPの方々へ、一旦は退職という形で離れますが本当にお世話になりました。まだ会社に荷物を置きっぱなしにしてるので笑、コロナが落ち着いたらお顔を見てお礼をさせてください。

 

半年後(3ヶ月後も)何をしてるかすら想像できないけど、わたしの未来に幸あれ〜

最後まで読んでいただきありがとうございました(*ノ・ω・)ノ

 

(感想やメッセージがあればTwitterで@S1592Wakaをタグ付けしていただけると喜びます🐒)

 

▼こちらも良ければ読んでくだサイ

www.wakasan-ed.com

 

 

 

竹口和香