ことばを吐く

摂食障害の知識と心の言語化を届けたい

過食がやめられない理由と仕組み

 

「もう一生吐かない」とどれだけ強い意志を持っても

「絶対爆買いをしない」とどれだけ強く誓っても

そんな意志を知らぬかのように襲う過食嘔吐の発作。

 

 

心がソワソワして、動作が小刻みになって、目の焦点が合わなくなって、頭がわたしのものじゃないモードへ切り替わる。

 

今日も始まった。なぜわたしたちは今日も摂食障害に悩まされるのか。

 

 

過食嘔吐の発作が起きる仕組み

それが意志だろうが、意志じゃなかろうが、過食嘔吐をしていたわたしはそれを手放したくてしょうがないと同時にそれがないときっと自分を守れなかった。

 

自分ではどうしようもできない苦しみを誰にもSOSを出せない苦しみを誰かが趣味で気晴らしをするかのように過食嘔吐という歪んだ形で晴らそうとするのだ。

 

「食べる」という一瞬の快楽と、そのあとの「詰め込む」苦しさと「吐きだす」という達成感。

 

ものの1時間弱でどん底の苦しさを詰め込み、それを吐き出し解消するという作業。

 

最初はストレスから食べ過ぎた。食べ過ぎたから太るのが怖くて吐いてみた。そうなのかもしれない。

 

でも、次第に脳が「過食嘔吐」という作業自体に依存をする。

  

苦しみを誤魔化すように。苦しみに耐えられるように。苦しみに気づかないように。

 

気づけば、過食嘔吐が日常と化する。

自分の意志では止められない発作。

自分の中にコントロールできない脳が存在し、日々それに怯えながら生きていく。

やめたくてもやめることができない、それが依存症。

 

それがどんな悲劇をうむか、脳は考えてもくれない。

 

吐く胃酸で声を失おうが、

吐く胃酸で歯が溶けようが、

吐く衝動で胃が乖離しようが、

人との食事が失われようが、

いつ発作が来るかと仕事につけなかろうが、

過食費で借金が積まれようが、

自分を失った自分に怯えようが、

でも誰かに助けてほしくて男に走ろうが、

そんな自分が嫌で引きこもりになろうが、

そんな自分が嫌で手首を切ろうが、

 

わたしの脳は私を守ることに必死なんだ。

 

 

過食嘔吐は意志ではなく発作

当時はよくこんな言葉を言われた

 

「苦しいなら食べなかったらいいじゃん」

「我慢したらいんじゃないの?」

 

 

できるもんならやりたいよ、と涙が出る。

 

 

コントロールを失ったジェットコースターを今すぐ止めろと言われているようなもんだ。

ジェットコースターにしがみついて止めればいいの?

レールに立って、ジェットコースターを止めにいけばいいの?

 

ジェットコースター自体に問題はないのに今すぐ止められるわけがない。

 

過食嘔吐だって同じだ。

家に食べ物を置かないようにしたって、意志と反して体がコンビニに走っているし、食べる手を止めろと言われても、両手を切断されない限り意志と反して手は動く。

 

 

過食嘔吐はあくまで症状であって、原因は心で、問題は脳なのだ。

 

それに誰かが気付いてくれていたら、誰よりもわたしが気付いていたのなら、あの頃のわたしは何か変わっていたのだろうか。

 

過食嘔吐を「脳の発作」だと思えたら何かが変わっただろうか。

  

訳のわからない行動をする自分を心底憎んで、意志が弱くて自分への約束も守れない自分をまた憎んで、またそんな苦しさから過食嘔吐が悪化して、食べて、吐いて、、

 

わたしのあの地獄の数年間が1日でも短くなったのだろうか。

 

あんな苦しみを味わう人が、一人でも少なくなってほしい。

 

f:id:waka0105s:20190221101201j:plain

 

 

 

⇒毎日の情報発信はこちら(Twitter)

https://twitter.com/S1592Waka

⇒竹口の体験記読んでみる

https://www.npwo.or.jp/wp-content/uploads/2018/12/5302_yusyu1_takeguchi.htm

 

竹口和香