ことばを吐く

摂食障害の知識と心の言語化を届けたい

甘えとSOSの境界線が分からないから死にたい

 

前記事を書いてから「おかえり」と言ってくれた大好きな方々、Peingやコメントで応援くださった方々、同じような悩みを打ち明けてくれた方々、ほんとうにありがとう。

 

今日は甘えとSOSの境界線について。

 

 

声に出すために心を数値化したい

最近友人と話していたのが、「つらさや頑張りって数値化できるとラクなのにね」という話。

 

自分は今どの程度のつらさを感じているのか、自分は今どの程度がんばれているのかそれを他人に伝えるにはどう伝えたらいいのか、目に見えるものじゃないから難しいよね。

 

ほんとう苦しいや悲しいという感情なんて自分でわかっているだけで充分なのだけど、自分の感情や自分自身にすら自信がなくなって、だれかに認めてほしくなるんだよね。

 

数値化できないから走り続ける

わたしも答えは見えてないんだけど、甘えとSOSの境界線はむずかしい。

 

だから、「まだ頑張れる!!」と根を詰めてしまうし「足りない足りない・・やらなきゃ・・!!!」になってしまう。

 

だって、わたしから見たあの人はわたし以上に頑張れている。わたしがこんなとこで悲鳴あげてたら甘えじゃないの?だから頑張って追いつかなきゃ。がんばりたい。走りたい!!そうして気づけば、頑張ることを頑張るようになる。

 

頑張っている自分でなんとか自分を保つようになって、それでも増え続ける「できないこと」にどんどん自分が疲弊していく。

 

なんで頑張ってるのにこんなに出来ないの?あ、頑張りが足りないのかな。わたしが頑張れてないのかな。そうだよね。甘えてらんないよね。よし、、、頑張ろう。

 

がんばれ。がんばれ。まだ大丈夫。わたしは頑張れる。どこに向かっているのかも、何が足りないのかも、もう、もはや、何を目指しているのかもわからなくなる。

 

どこまでが健全な努力で、どこからが不健全な努力なのか。このとき、心や頑張りが数値化されないから余計に自分のことが分からない。

 

 わたしはだれなのか、何になりたいのか、だれに認められたいのか、もう分からない。

 

私たちが心を数値化したい理由

ついこないだ、なにも動けなくなったわたしが、「この程度のことで悲鳴あげるのは、私の甘えなんだろうなぁ」とつぶやくと、旦那がこう言った。

 

「でも、和香のつらさは和香しか分からんよ」

 

あぁ、そうか。と思い出した。そして、その言葉に心底ほっとした。いつしか何かのものさしに囚われている自分に気がついた。

 

私のつらさは私しか分からないし、私の頑張りも私にしか測れない。逆も然りで、誰かの辛さや頑張りを私が丸々理解することもできない。

 

だから、比べようがないんだと。

 

数値化するって結局何かの指標を元に数を出すわけで、そもそも人によって状況も何もかも異なるから出せるものでもないのに、自分を理解したくて、誰かに理解されたくて、見える数字や型に助けてほしくなった。

 

他人と比べてつらいと言っていい許可が、他人と比べて頑張っていると言っていい許可が、どうにか欲しくて、探して、追い求めて、しんどくなっていった。

 

 「つらい」に許可はいらないし、「頑張ってる」にレベルもないのにな。

 

自分の指標で、甘えとSOSの境界線を引けるようになりたい。これは、まだまだわたしにも難しい問題。 

 

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竹口和香